連射 銃 名前 16

銃とは、ご存知のように火薬の入った弾丸を高速で発射する武器ですね! その種類も拳銃や小銃・ライフルなどがあり、拳銃の名前も総称として、ハンドガンとも呼ばれています。 今回はそんな銃に関して、その種類や名前、形状、機能などに付いてご紹介していきます。 これにより、お互いがお互いの塹壕陣地を突破できなくなり、武器や戦術が機関銃で構成された陣地を突破する為のものに変わった 注:IANAとNOMADのARX200はスペック上は同じだが、IANAのみバーティカルグリップを装備できる。, 注:RP-46のみユニークガジェット枠で設置型の機銃になっており、使用中の移動が不可能、木製の壁に対する破壊力が高いなど特性が異なる。, T-95 LSWとM249 SAWとRP-46はマガジンを直接、給弾部に装着するマガジン給弾式の為、ボックスから弾薬をベルトで給弾する他のベルト給弾式のLMGと違いリロードが少し早く済む。, 注:MP5SDはバレルアタッチメントが装着できない代わりに、サプレッサーを標準装備している。, 注:BOSG.12.2とACS 12とTCSG12はスラグ(単発)弾仕様。ヘッドショット判定もある。, リロード方式がチューブの銃は「チューブマガジン式」と呼ばれるもの。弾を一発ずつリロードし、リロード途中でも装填を中断して射撃できるのが特徴。「上下二連式」のBOSG.12.2も同じ性質。, 連射速度が「pump」の銃は「ポンプアクション式」と呼ばれる物。一発撃つと手動で次の弾を装填しなければならず、そのアニメーションが終わるまで発射できない。, ショットガンの距離減衰は物によって大きく異なり、実質的な火力と数値上のダメージは必ずしも比例しない。, Bailiff 410は実際はショットガンだが、ゲーム内分類がハンドガンのためそちらの項目に記載している。, 注:CCEシールドのみ、装備中は常に展開状態となりセカンダリウェポンが使用できないなど特殊な仕様が存在する。, 注:SMG-12はバレルアタッチメントが装着できない代わりに、サプレッサーを標準装備している。, 注:ルイソンはバレルアタッチメントが装着できない代わりに、サプレッサーを標準装備している。また、ヘッドショットでの一撃死が無く代わりに負傷状態になる。, Bailiff 410はゲーム内の分類はハンドガンだが、実際はショットガン。連射速度は「semi」にあたる。, RG15とBailiff 410とP-10Cは取り外し不可のドットサイトが標準で付いている。, 「シングル」アサルトライフルとライトマシンガンとサブマシンガン、ハンドガンが該当。, 弾が1度のみ人体を貫通する。閃光で手で顔を覆っている状態を撃ち抜くと手を貫通して頭に当たる。. M16自動小銃は、ユージン・ストーナーによって開発されたアメリカ合衆国の小口径自動小銃。アメリカ軍における主力小銃として採用され、派生型も含め広く用いられている。アーマライト社の製品名はAR-15、アメリカ軍の制式名はRifle, Caliber 5.56mm, M16(M16 5.56ミリ口径ライフル)。「ブラックライフル」の異名も持つ。 連射速度が「semi」の銃は「セミオート式」と呼ばれ、マークスマンライフルやハンドガンと同じ単発射撃が出来る方式。 連射速度が数字の銃は、通常のアサルトライフルなどと同様のフルオート射撃が可 … 機関銃(きかんじゅう、英: Machine gun)は、弾薬を自動的に装填しながら連続発射する銃である。略称は「機銃」、英語とドイツ語[注 1]では「MG」。, 単に機関銃といった場合には厳密にはフルサイズ[注 2]の小銃弾を断続的に発射することで戦場を広範囲に制圧できるものを指すことが一般的である。一方で、自動連射できる銃(短機関銃、アサルトライフル、自動小銃)をさして「機関銃」と呼ぶこともあり、その定義はかならずしも厳密ではない。, 射手と装填手の2人で操作するものや、射手1人で扱えるものがある。機関砲は、2人以上で運用する。弾薬の供給は、多数を帯状にしたベルトリンク方式で行われるものが多いが、数十発ほどを銃に装着するマガジン方式もある。, 機関銃には、回転式多銃身機関銃(ガトリング)、重機関銃、汎用機関銃、軽機関銃、分隊支援火器、短機関銃、アサルトライフルなど、全自動射撃が可能な銃器がすべて含まれる。しかし、狭義には持続的な制圧射撃が可能な回転式多銃身機関銃、重機関銃、軽機関銃、汎用機関銃、分隊支援火器のみを指し、短機関銃やアサルトライフルを機関銃に含めるか否かについては揺らぎがある。「小銃弾、またはそれ以上の威力の弾丸を連続して発射する銃器である」と云う定義もありうる[2]。, 機関砲と機関銃の違いの定義もまた曖昧であり、組織や時代により異なる。21世紀初頭の日本や米国では基本的には口径が20mm未満のものを機関銃と言い、20mm以上のものを機関砲と言う。日本陸軍では明治40年6月までは全て機関砲と言い、明治40年6月以降は従来の機関砲の内11mm以下のものは機関銃と改称、昭和11年1月以降はこの区分を廃止して銃か砲かは制式制定毎に決定[3]、日本海軍では40mm以上を砲、ドイツ軍では30mm以上を砲と定義していた。, 定義と同様に、この分類にも揺らぎがあり、分隊支援火器は汎用機関銃や軽機関銃との差異がそれほど明確ではない[2]。, 機関銃は、引き金を引くだけで「装填→撃発→排莢」のサイクルの繰り返しが連続して行われ、多くの機関銃ではボルト(遊底)の往復運動によってこれが実現されている。, 二脚(バイポッド)を用いて移動しながら射撃を行う軽機関銃などは直接照準(照星と照門、あるいは照準器を用いて標的を目視しながら射撃する)で射撃し、銃架を用いる重機関銃などは直接照準のほかに銃身の仰角を指定して遠距離にある一定区画を掃射する間接照準射撃が可能となる。, 1人の射手が多数の敵兵士を殺傷し得る火器である。運用は基本的に2人以上で行い、射手が発砲し、弾薬手はベルトリンク(弾帯)の保持などを行う形態が多い。歩兵部隊にとって一般的な支援火器である。, 連射し続けると銃身が過熱し、内部のライフリングが容易に磨耗してしまうため、銃身が素早く交換できるものが多い[注 3]。200-500発程度の連射で交換するのが目安とされている[2]。, 機関銃の登場、そして、機関銃を中核とした防御陣地による塹壕戦の普及によって、それまでの銃剣突撃による正面突破を主体とした歩兵戦術は無効となり、機関銃陣地の間隙に潜入してから突破することを主体とした浸透戦術や、装甲戦闘車両群を投入して穿貫突破する機甲戦へと変わっていき、更に後には空中機動作戦も行われるようになった。, 歩兵が機関銃を扱う場合は、一般的に数名程度の小班によって行なわれる。班長(指揮官)、観測員、射撃手、給弾手の4名によって使用されていた時期があったが、21世紀の現在では2名程度での運用が多い[注 4]。, ブローバック方式は反動を利用した作動方式で、銃身とボルトをロックする機構を持たないものを指す。, 各種のリコイル方式はブローバック方式から派生した反動を利用する作動方式だが、銃身とボルトをロックする機構と、その解除機構を有する点が異なっている, 機関銃はリコイル方式の考案によって実用化されたと言っても過言ではなく、第一次世界大戦までに各国で使用された機関銃の多くは、リコイル方式のものだった。実用化されたガスト式機関砲には、リコイル方式が使用されている。狭義の機関銃には含まれないが、多くの(半)自動式リボルバーもリコイル方式を採用している。, 銃身から発射ガスの一部をガスポートを通して取り出してガスシリンダーに導き、ガスピストンを動かすことによって銃身とボルトのロックを解く方式で、現代の機関銃で主に使用されている方式である。, リコイル方式より優れた点が多いが、火薬の燃焼ガスを利用するため腐食が生じやすく火器の寿命が短くなる欠点があったが、弾薬が改良された20世紀後半以降は機関銃や自動小銃に広く採用されるようになった。, チェーンガンは、射撃時に発生するガスや反動を利用せず、チェーンを介して接続している外部動力でボルトを前後させ、給弾・発砲・排莢のサイクルを繰り返し連射する機関銃。不発弾が強制排出されるため、弾詰まりによる連続射撃不能になる可能性が少ない。, ガトリング砲は、銃軸の周囲に多数の銃身を配置し、外部動力でこれを回転させ、連続的に装填・発射・排莢を行う構造を持つ(ガス圧作動方式による自力駆動式も存在する)。この方式の最大の利点は、不発実包が混入していても動力で強制排除し、発砲を持続できる事である。また、銃身一本当たりの発射速度は低くて済むために火薬の燃焼と摩擦によって発生する熱で銃身が過熱しにくく、これによる部品の歪みも発生しにくいという特徴もある。ただし、必然的に使用パーツ数が単銃身タイプのものより多くなり、重量過多を招く要因となっている。, 14世紀以降、銃の速射性の向上のため様々な人物により試行錯誤が重ねられてきた。レオナルド・ダ・ヴィンチも機関銃のアイディアを書き残している。, 16世紀に技師、博学者でペルシア生まれのインド人であるファトフッラー・シラジが、砲身が17本ある黒色火薬を詰めたハンドキャノン(手銃)を発明している。イギリスではパルマーという人物が王立協会あての論文で、弾丸の発射の反動と漏れるガス圧を利用しての自動射撃の可能性について述べている。, 詳しい資料が残っている最初のものは、ロンドンの法律家ジェームズ・パックルが発明したパックルガンで、1718年5月15日「ディフェンス」という名前で特許を取得。時代を先取りした口径25.4mmのフリントロック式リヴォルヴァーカノンで、薬室の構造など具体的な説明がされている。1722年に行われた公開実射試験では7分間に63発を発射している。しかしながら、キリスト教徒には丸い弾丸、トルコ人異教徒には四角い弾丸を使用するなど現実性に乏しい部分も見られ、実際に製造されることはなかった。, 19世紀中ごろまでに数多くの連発火器や、半自動火器が登場する。ボレーガン(ミトラィユーズなど)やダブルバレルの拳銃は、銃の部品を何重にもすることに頼っていた。ペッパーボックスピストルは撃鉄を1つにしたが、銃身は複数必要であった。リボルバーはあらかじめ弾倉に弾を込めさえすれば1つの銃身で連発が可能であるが、パックルガンと同じく依然として半自動であった。, 1834年、デンマークの発明家N・J・レイプニッツが空気圧機関銃を発明する。1分間に80発の連射が可能であったが、2mのはずみ車を2つ必要とするなど、非常に大掛かりな装置であったため、実用化されることはなかった。1854年、イギリスのヘンリー・ベッセマー卿が蒸気を利用した自動後装銃の特許を取得。完全な自動装填装置を備えていたが、後に画期的な製鋼法(転炉)を発明したことにより、そちらに関心を向けるようになってしまった。, この頃までは、欧州社会を中心に機関銃が開発されていたが、騎士道精神がまだ残っていた西洋社会の中で白人同士の戦争にそれらの使用が忌避され、主に植民地の住民に対して使用された(騎士道云々ではなく、植民地の戦場では人数で圧倒的に負けていたから使わざるを得なかったともいわれる)。白人同士で最初に大々的に使用されたのは、こういった倫理的制約の薄かった新興国であるアメリカ合衆国の南北戦争からであった。機関銃の持つ軍事合理性が騎士道精神より優先された[4]。, 1861年の南北戦争の最中、セールスマンのJ・D・ミルズが、リンカーン大統領の前でユニオン・リピーティング・ガンと呼ぶ銃の実演を行った。この銃は、単一の銃身で自動連射が可能な手回し式機関銃で、1分間に最高で120発の連射が可能であった。リンカーンはコーヒーミルガンと呼び、ミルズの熱心な説得もあって、周囲の反対を押して1丁1,300ドルという高値でミルズの持っていた10丁すべてを買い取った。機関銃が販売された初めての記録である。この機関銃の開発者、起源ははっきりしたことは分かっていない。1860年-1861年にウィルソン・エージャーによって製造されたものであるとされるが、1855年には原型が製造されていた可能性がある。エージャーと共にウィリアムズ・パーマー、エドワード・ヌージェントの名前があり、銃の特許権をめぐって裁判沙汰になっていて、アメリカではこの銃の特許の記録は残っていない。イギリスではエージャーが特許を取っており、エージャーガンとして知られていた。この銃はアメリカ軍の将校により少数購入され、橋などの防衛用として投入された。初めて機関銃が戦争で使われた記録であるが、信頼性、安全性に欠けていたため評判はすこぶる悪く、1865年までにはすべて軍から払い下げられた。, 1862年11月-1863年5月の間、アメリカでの機関銃に関連する特許は80件以上に上っているが、実際に陸軍、海軍で試験されたものは7件だけであった。, この時代最も、そして、初めて成功したものはガトリング砲で、1862年にリチャード・ジョーダン・ガトリングが発明した。束ねた銃身と薬室を手動で回転させる事により次弾を装填し連射を可能にする仕組みであり、他の機関銃と比べて最も信頼性が高かった。それでも、加工精度の低い弾薬が原因ですぐに弾詰まりを起こし、軍の評価は低かった。1865年に発表されたモデル1865は大幅に信頼性が向上しており、軍は評価を改め、1866年にはアメリカ陸軍で制式採用された。海外でもイギリスが採用した他、日本、ロシア、フランスなど各国が購入するなど広まった。アメリカでは自衛団などにも配備され、鉱山会社などでは労働者のストライキや暴動対策にも使用された。, ガトリング砲やそれに類似する物は南北戦争やインディアン戦争、普仏戦争に投入されたが、機動性が悪く、少数しか投入されなかったため、有用性は認められたものの、課題も多く戦果も限定的であった。日本国内で使用された最初の機関銃はこのガトリング砲で、1868年に戊辰戦争の一局面である北越戦争で長岡藩の家老を務めていた河井継之助が初めて実戦投入した。, アメリカでは1871年にはガス圧を利用するフランスのオチキス機関銃が登場した。1884年(特許取得は1883年)には、アメリカ人のハイラム・マキシムがイギリスで、水冷・反動式のマキシム機関銃を発明し、1891年にはイギリス軍に採用された。マキシム機関銃はヴィッカース社により大量生産され、多くの国で類似品が生産された。1905年にはコルト社が空冷・ガス圧式のブローニング機関銃を生産した。これらにより、機構が複雑で、重量がかさむガトリング砲は急速に廃れていった。これには燃焼カスが大量に発生し銃身あたりの連射数の限界が低い黒色火薬・褐色火薬実包から、清掃無しでも連射数の比較的多い無煙火薬実包への切り替えも大きく寄与している。, 日露戦争では、日本軍はオチキス機関銃を「保(ホチキス)式機関砲」として採用、一方のロシア軍はマキシムPM1905重機関銃を使用した。旅順攻囲戦でロシア軍の機関銃が攻撃側の日本軍に対し圧倒的な破壊力を示した。その一方、日本側も騎兵に機関銃を携帯させ、効果的な用法を展開した。この当時は攻撃時における機関銃の運用法が確立していなかった。また、初期の機関銃は大きくて重く、三脚などの銃架に載せ3人以上で運用するもので、陣地や要塞などの防御兵器には向いていたが攻撃には不向きであった。その後、攻撃時に歩兵とともに前進し1-2人で運用できる軽機関銃が開発された。, 第一次世界大戦においても機関銃は大いに威力を発揮し、突撃する歩兵が鉄条網で足止めされたところを守備側が機関銃によって撃ち倒し、攻撃側は多数の犠牲者を出した。そのため、双方とも塹壕に篭り陣地を構築して戦線が膠着し、これが、戦車を誕生させる要因になった。また、航空機の武装としても取り入れられ、当初は地上用の改良型だったが、高い発射速度とともにより軽量で加速度のかかった状態でも確実に作動するものが求められ、同調装置が発明されるなど航空機専用のものが開発された。, 機関銃の登場によって、一人当たり発射出来る弾薬の量が飛躍的に増え、第一次世界大戦から世界的に戦場が一変した。 この状態では弾倉交換後、銃の左側面にあるボルトキャッチを押すとボルトキャリアが解放されて前進し、初弾の装填とボルトの閉鎖がおこなわれる[4]。, 右手でグリップを握った場合、親指の位置にセレクターレバーがある。SAFE(安全)、SEMI(半自動・単発)、AUTO(自動・連発)またはBURST(3点射)と切りかえることができる[4]。, 右側面にある排莢口のダストカバーはボルトキャリアが動くことで自動的に開くため、通常は閉めておいても良い。分解清掃をしないまま射撃を続けるなど、酷使によりボルトの不完全閉鎖が起こった場合には右側面のボルト・フォアード・アシスト・ノブを押すことでボルトを前に押し込むことができる。全弾発射されるとボルトが後退位置で保持されるので、右側面のトリガー・ガード前にあるマガジン・キャッチ・ボタンを押しながらマガジンを抜く[4]。, サイトの高さ調整はフロントサイトでおこなう。弾丸の先の尖った部分でスプリングピンを押し下げながらフロントサイトを回転させることにより高さ調整ができる。左右の調整はリアサイトで行い、同様に弾丸の尖った先でスプリングピンを押しながら回すことで調整する[4]。, リアサイトはM16ではL字型の孔照門タイプで、近距離(0-300m)用と遠距離(300-500m:Lの刻印が孔の下にある)をどちらかに倒すことで距離を選べる。M16A2では近距離(0-200m)用と遠距離(200-800m:Lの刻印が孔の下にある)をどちらかに倒すことで距離を選べる。微調整はサイト下のレンジ・アジャスティング・ドラム(調整用ダイアル)でおこなうこともできる[4]。, 冬季作戦のように厚いグローブを着用しているときは、トリガー・ガードの前側にあるロックボタンのスプリングピンを弾丸の先で押すとトリガー・ガードを下に開放でき、トリガー・ガードが無い状態で操作できる[4]。, ストックの肩当部分にあるふたは中にクリーニングキットが入っており、クリーニングロッドやチャンバーブラシが内蔵されている。通常分解掃除には、あらかじめチャンバーから弾薬を抜いてハンマーを起こしておき、弾丸の先を使ってテイク・ダウン・ピンを銃の左側面から押すことで中折れ式にボルトが開放されるので、ボルトを抜き出したあとチャンバー、ボルトの掃除をする[4]。, 空軍に配備されていた最初期モデルであり、モデル601は1959年から1963年にかけて、モデル602は1963年から1964年にかけて生産された[5]。, M16(モデル604)は、アメリカ空軍向けの最初の制式モデルであり、1964年から1965年にかけて生産された。並行して陸軍・海兵隊向けに生産されていたM16E1(モデル603)とは異なり、ボルトフォワードアシストを備えておらず、ボルト閉鎖不良時の対応に問題を残した[2]。, モデル603は陸軍・海兵隊向けの最初の制式モデルであり、まず1964年より、XM16E1として実験的に生産・配備された後に、1967年以降は、その教訓をフィードバックしたM16A1に移行した。また納入済みのXM16E1も、軍の施設でM16A1仕様に改修された[2]。, XM16E1では、生産開始直前になって、陸軍の要請を受けて完全閉鎖しなかったボルトを強制的に閉鎖させる「ボルトフォワードアシスト」が追加された。また最初期のモデルは、従来と同様に三叉状の消炎器を備えていたが、木の枝や蔓に引っかかりやすい上に衝撃に弱く、水も侵入しやすかったことから、1966年9月より、先端が閉じて4つのスロットが切られた鳥かご型へ変更された。1968年から1969年にかけて、既存のXM16E1のほとんどがこの仕様に改修されたが、一部では三叉状のままで使用が継続された[2]。, 1965年よりXM16E1を装備した部隊がベトナム戦争で実戦に参加するようになると、多くの問題が指摘されるようになった。故障の最大の原因が発射薬の変更で、制式化以前は市販のIMR火薬を使用していたのに対し、制式化されたM193弾では、ストーナーの反対にもかかわらず、7.62mm弾などと同じ粒状弾薬が採用された。これはIMR火薬よりも安い一方で燃えカスが多く、ガス圧直接利用式という動作方式もあって、動作不良につながりやすくなっていた。またクリーニング・キットも不足しており、コルト社が「M16は先進ライフルで、メンテナンスの必要はない」と過剰広告していたこともあり、部隊では有効な手入れ法が指導されていなかった。更に、不適切な潤滑油の使用による弾薬の不発化や、弾薬に潤滑油を塗ることによる機関部への異物混入、リコイルスプリングに取り付けられたバッファーの機能不良なども動作不良の原因となっていた。これらに対し、イラストを多用したマニュアルの配備を含む教育強化、ボルトのクロームメッキ処理、ストック内へのメンテナンスキット収納など、順次に改良策が講じられた[2]。, 1980年、北大西洋条約機構(NATO)は、FNハースタル社が開発したSS109弾を新しい標準弾薬として制定し、アメリカ軍でもM855弾として制式化した。これは従来のM16で使われていた.223レミントン弾(M193)と同じ寸法だが、弾丸が重くなり、また鋼鉄製の弾芯を挿入して貫通性能を向上させた[3]。, M16A1をもとに、この新弾薬の運用に対応して設計を修正したのがM16A1E1であり、1983年にM16A2として制式化された。M16A1の銃身は12インチで1回転するライフリング(1-12)が刻まれていたが、これは.223レミントン弾(M193)に最適化したものだったため、これより重いM855弾を安定して飛翔させるためには、ライフリング転度を変更する必要があった。このため、M16A2では7インチで1回転するライフリング(1-7)が刻まれた。また銃身の厚みもより肉厚に変更されたほか、下記のような変更が加えられた[8]。, これらの改良を経てアメリカ軍制式ライフルとして使用が開始されたが、3点バースト機構について兵士からは「命中精度にバラつきがあり、使い勝手が悪い」との意見もあるほか、M16A2やM16A4はバースト射撃の作動機構にギアラック式を採用しているため、2発発射された時点で引き金を戻した場合、次に引き金を引いたときには1発しか発射されない欠点がある。, 上記の通り、M16A2はフルオート射撃のかわりに3点射を行うように設計されているが、特殊部隊の戦闘ではフルオート射撃の機能が必要だったことから、海軍がスポンサーとなり、フルオート射撃機能を備えた派生型としてM16A2E3が開発された。これは1992年よりNavy SEALsに配備され、1996年にはM16A3の制式名を与えられた[8]。, その後、SEALs以外にも、海軍憲兵や建設工兵にも配備が進められた。また2007年には、艦艇乗員用として配備されていたM14も、M16A3に代替更新された[注 1][8]。, M4カービンではキャリング・ハンドルを脱着式にし、アッパー・レシーバー上部にピカティニー・レールを持つフラットトップ・レシーバーが採用されたが、これは非常な成功を収めたことから、M16シリーズのメインストリームにもバックフィットされることになった。これによって開発されたのがM16A4で、1996年に陸軍が、また1998年には海兵隊も制式化した[8]。, まず1964年、M7銃剣とグラスファイバー製のM8A1鞘が採用された。形状はシンプルなストレート状で、M14用のM6の改良型とされている[3]。, またM16A2の採用にあわせて、1984年にはM9多目的銃剣とM10鞘が採用され、1987年より支給が開始された。これは戦闘用ナイフとして使うほかにも、鞘と組み合わせればワイヤーカッターとして使えるほか、上部ブレードはノコギリになっているなど、多機能性を持っていた[3]。, アメリカ海兵隊はM9を本格採用せずM7を使い続けたが、M7とKa-Barナイフの機能を統合する銃剣としてOKC-3Sを開発・採用した。, 1964年、コルト社は、AR-15をもとに銃身長を短縮したCAR-15カービンと、更に短縮したサブマシンガンの開発に着手した。前者はモデル610、後者は609として設計され、1967年1月、アメリカ陸軍は、モデル610をXM177、モデル609をXM177E1として制式化した。また空軍でもGAU-5/Aとして採用された。4月には銃身を38ミリ延長したモデルが登場し、陸軍ではXM177E2、空軍ではGAU-5/A/Aとして採用された[2]。, 1980年代には、M16のカービン版を求める声が再び上がり、1984年9月、M16A2カービン・プログラムが開始された。これによって開発されたのがXM4で、1987年、M4として制式化された。これはM16A2と同様にフルオート射撃のかわりに3点射を行うように設計されていたが、その後、特殊部隊からの要望に応えてフルオート射撃機能を備えたM4E1が開発され、M4A1として制式化された[8]。, また9x19mmパラベラム弾を使用する短機関銃版も開発された。モデル635は、作動方式をブローバックに変更しており、またマガジンはウージー・サブマシンガンのものに改良を加えて使用する[8]。, Special Purpose Rifle(SPR) Mk12は、通常の狙撃銃よりもコンパクトでM4A1よりも射程・射撃精度に優れた選抜射手ライフルとして開発された。Navy SEALsによる偵察用ライフル・プロジェクトがベースとなっており、開発は2000年より開始された。ただしロック・アイランド陸軍兵器工廠とクレイン海軍基地兵器開発センターに民間企業が加わっており、開発経緯は不詳の部分が多い。陸軍特殊部隊はMk.12 mod.0、SEALsと陸軍レンジャー部隊はmod.1を採用した。ただしSEALsはSPRをあまり高く評価しておらず、406ミリ銃身のカービンを選ぶ傾向がある[8]。, 銃身は高精度、軽量化したもので、ハンドガードとともに、基部以外は他のパーツに接触しないフローティング式になっている。銃口には専用のサプレッサーの取り付けが可能である。標準のスコープはリューポルド社のTS-30A2で、ほかにロイポルト社のLRM3やナイトフォース社のNXSなども用いられる[8]。, なお本銃とあわせて、精密射撃用弾薬として、弾頭重量を4g(62グレイン)のM855から5g(77グレイン)に増した新設計のMk.262 mod.1/2が開発された。これは従来の弾薬と比して射程が長く、ストッピングパワーも向上していることから、ほとんどの特殊部隊が採用するようになった。ただし鋼製の弾芯が挿入されていないために貫通力が低く、また製造に手間がかかるため高価でもある[3]。, SAM-Rは、M16A4を狙撃銃として改良した分隊上級射手ライフル(Squad Advanced Marksman Rifle)である。, SAM-Rは、アメリカ海兵隊に配備されているM14をベースとしたDMR(Designated Marksman Rifle)の後継として開発された。競技銃用ステンレス銃身のクリーガーSSを採用し、ハンドガードはナイツ社RASでフローティング式になっている。, 標準のスコープはリューポルド社のTS-30A2である。SPR Mk12とのコンセプトや仕様の共通点も多い。, SDM-Rは、M16A4を狙撃銃として改良した選抜射手ライフル(Squad Designated Marksman Rifle)である。

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