笑点 座布団 没収 6

ID: lXEv5MpyLh, 2020/10/08(木) 19:47:52 なんだかんだいって10枚の商品発表は気になりますね。 ・2014年2月2日放送分[101] ID: 6nDAipAJwe, 2020/05/05(火) 22:53:53 小遊三「お疲れさまでした。お礼に湖畔の宿を予約しておきました。」 自転車貰ろてはったー! 円楽師匠が座布団10枚貯めて、賞品の電動アシスト自転車を貰っていた。よく考えたら、あんなものが舞台袖にあったら出演者は皆事前に見てるよね。 賞品(笑点50周年にちなんで1本50万円の箒で50周年SPの舞台を掃除する)が発表された直後から、円楽,たい平,木久扇に対して10枚に達するよう座布団を与え(本当は全員に10枚与えようとしたが座布団と放送時間が切れた)、その場に居た毒蝮三太夫は「座布団の大安売り」、OAを観ていた円楽の息子・三遊亭一太郎こと会一太郎はTwitterで「ウタマルリザレクション」と呼称した。, タイトル通り歌丸最後の司会の放送、そして最後の問題。 歌丸ジェノサイドとは、笑点の大喜利において、桂歌丸によるおもてなし回答者全員の座布団没収である。, 大喜利において以下のような回答があった場合、回答者の座布団を大量(概ね3枚以上)ないし全部没収とさせる場合がある。, 個人に対する座布団全没収自体は三波伸介司会時代と五代目三遊亭圓楽司会時代にもあったが、桂歌丸司会時代は回答者のみならず全員の座布団が没収されることが何回かあった。 - 日曜お笑い劇場 - 日曜8時!ドパンチ放送!! - スターばっちりショー - 日曜8時、笑っていただきます - たのきん全力投球! 円楽師匠が座布団10枚って、いつぶりやろ。そして自転車が景品なのも・・。, 円楽師匠が座布団10枚貯めて、賞品の電動アシスト自転車を貰っていた。よく考えたら、あんなものが舞台袖にあったら出演者は皆事前に見てるよね。10枚も番組最後まで出さなかったし、全て台本通りなのかな。それと木久扇師匠では自転車なんか危なくて渡せないしね。#笑点 #三遊亭円楽 #座布団, 円楽師匠が座布団10枚! 有機化合物 @IvanWhiskey001. #笑点 楽太郎(当時):全員で手をつないだ後、「お手々~つないで~お通夜に行けば~♪」→「遺体がしゃべった!」, たい平「花火は広場でやればいい、広場が無ければ部屋でいい~。」→花火のものまね、全員釣られる。, 初代木久蔵が木久扇を襲名して最初の事例。 輪ゴムを解いたら勝ち。 昇太さんのように回転が早いらしいです, 円楽師匠が座布団10枚貯めて十枚箱開封。 映像の制作期間が短かったためか、テロップやナレーションに誤りが幾つかあった[注 121]。, 2018年(平成30年)7月28日放送『嵐にしやがれ』に三平を除く笑点メンバー7人が出演し、『笑点』の番組52年の歴史を振り返る企画として「笑点記念館」が行われたほか、笑点メンバーと嵐(大野智、櫻井翔、相葉雅紀、二宮和也、松本潤)による大喜利が行われ、「あらし」を題にあいうえお作文が出題された[92]。なお、嵐メンバーの座り順と着物の色は、左から大野(水色)、二宮(黄)、櫻井(赤)、相葉(緑)、松本(薄紫)、の順だった。, ※また地方収録の時はその地域の系列局の技術スタッフ、ディレクター、プロデューサーが携わることがある。なおかつては地方収録時は日本テレビとその地域の系列局が共同で製作・著作していたが、現在はその地域の系列局は制作協力扱いとなっている。, 番組放送50周年を記念して、2016年4月より全国各地(髙島屋が中心で、高島屋がない地域はそれ以外の百貨店など)で、巡回展「笑点 放送50周年特別記念展」が各地で開催され、「笑点商店」として番組放送50周年記念グッズなどの販売が行われた[93][94]。また、「放送50周年特別記念展」が行われた関東・関西2店舗よりも、催事場の規模が小さい高島屋などを対象に、展示スペースを一部縮小・または展示のない物販のみの形で「笑点商店フェア」を開催している[95]。現段階で、中部地方・四国以外ではいずれも開催実績がある[注 122]。, なお、歌丸の地元・横浜にある放送ライブラリーでは以下の放送分が閲覧可能となっている。 本項では、日本テレビの『金曜夜席』及び『笑点』と関連番組『BS笑点』『笑点Jr.』で放送される大喜利コーナーについて記載する。, 大喜利は通常演芸の後に行われるが、稀に放送時間全部を大喜利に充てた拡大版を放送することもある。不定期に演芸の時間帯に日本テレビのアナウンサーによる「アナウンサー大喜利」や、若手噺家による「若手大喜利」を行うことがある。その際は、大喜利メンバーが司会や座布団運びを担当する。, 初代司会の立川談志から3代目司会の三波伸介まではCMが終わって画面が切り替わった時点で既にメンバー全員が板付きの状態で挨拶が始まっていたが、4代目司会の5代目圓楽就任直後の1983年4月ごろからは当時ディレクターだった飯田達哉の提案により[1][2]、笑点のオープニング曲に合わせて、上手からメンバーが登場するようになった。現在では、小遊三→好楽→木久扇→三平→6代目円楽→たい平→山田の順に登場する。メンバーが座り、一旦全員の姿が映された後で司会者(現在は春風亭昇太)が登場し[3]、席に着いて大喜利が始まるようになった[4]。『リモート大喜利』でも当初はこの演出が踏襲されていたが、2020年7月26日放送分より収録が舞台上に移行した後は、省略されている。, 大喜利開始の際に司会者は「皆様方のご挨拶からどうぞ」と言い、続いて大喜利メンバーによる20 - 30秒ほどの短めの挨拶(小遊三→好楽…の順)となる。この時にメンバーが出演する寄席やイベント、書籍などの告知をすることがある。その後、座布団運びの短めの挨拶となる。メンバーの挨拶が一通り終わると、司会者は「良い答えには座布団をあげ、悪い答えには座布団を没収」という基本的なルールの説明と座布団10枚の賞品のキーワードや内容を発表してから本題に入る。, ごく稀に大喜利の最中に不自然な座布団の増減が見られる時があるが、これは時間調節や下ネタなどの関係でその回答がカットされることがあるためである[5]。答えを考えるために動きのない時間も生じるため、実際の大喜利の収録にはテレビ放送の2 - 3倍の時間を要している。, 最後の問題(大概は3問目)が終わったら司会者が締めの言葉を述べ、出演者全員が客席に向かって一礼する姿が映し出されて大喜利は終了する。, 2016年以前は毎年11月頃になると、大喜利終了後に笑点メンバーが週替わりで来年の『笑点暦』の告知をしていた(1976年(昭和51年)版が最初)。2017年以降は形式が変更され、メンバーの1人が最初の挨拶の時に1度だけ告知をするようになった。, 大筋は創設者である立川談志が考えたとする話が広く知られている[6][7]。しかし、座布団を使うという点に関して言えば、実際にはのちにチーフプロデューサーを務めた小暮美雄が考案している。小暮によれば、以下のような経緯である。, アトラクションとしての大喜利は昔からあり、寄席でも存在し、テレビでも行われていた。駄目な答えのペナルティとして、あたかも羽子板遊びのように「顔に墨を塗る」ということなどが行われていた。しかし、新しく始める『金曜夜席』でも「顔に墨を塗る」ということをやったのでは先行の演芸番組との差別化を図ることは難しいと判断されたため、最初は「そばを一杯食べさせる」という案が出たが実現せず、考えた末に「罰を与えるより褒美を与える」という逆転の発想が生まれた。ところが、褒美を与えるのなら何を与えるべきかという点でまたもや詰まってしまい、とりあえず「人形を与える」という案が出たものの気持ち悪いと思われ話が進まなかった。『金曜夜席』の初放送日が間近に迫る中、小暮は「私にまかせてくれ」と言い切って、落語家が喜びそうなことはないかと新宿末廣亭に行ったが、褒美の事で頭がいっぱいで落語を楽しむところではなかった。結局、何も思いつかないまま末廣亭を出た小暮であったが、その時一緒に出てきた2人連れの「どうして落語家さんが代わる時、下の人(前座)が出て来て座布団を裏返すの?」という会話を耳にした小暮は、ここで初めて「座布団を与える」という発想が出てきた。そして、寄席で落語などを演じるところを高座と呼ぶところから「(座布団を重ねることによって)高いところをもっと高くしたら(落語家が)喜ぶかもしれない」と思いつき、「私にまかせてくれ」と周囲に言っていたことや初放送日が間近だったこともあって、「よい答えには座布団を与える」という小暮の案がそのまま通った。[8], 司会者が3問[9]出題し、挙手制で指名されたメンバーが[10]機知を利かせた答えを返す。良い答えや面白い答えなどに座布団1枚(特に優れた答えには2枚以上)が与えられ、悪い答え(つまらない答えや司会者を罵倒する答えなど)は座布団を1枚、場合によっては2枚以上や全部没収される[11]。回答後の発言によって座布団の獲得や没収を追加・撤回されたり、自分が答えなくても、他のメンバーの答えや発言が原因で座布団が増減するケースもある。, 座布団10枚を獲得すると座布団運び・裏方から紙吹雪を撒かれて祝福され[12]、豪華賞品が贈られる。その際「座布団10枚獲得おめでとうございます。賞としてoo(キーワード)にちなんだ素晴らしい賞品を差し上げます」と司会者が目録を読み上げ、贈呈される。, 座布団10枚の達成は大喜利終了時が多いが、稀に序盤や中盤で発生するケースもある。その場合は賞品贈呈後に大喜利をそのまま続行し、獲得した賞品はその後座布団の枚数が減らされても剥奪されることは無い。, 正月特番の寿大喜利・チーム対抗戦などは全員座布団1枚からスタートし、終了時に座布団が一番多いメンバーに賞品を贈っている。, 稀に司会者が座布団を獲得することがあるが[13]、この座布団は次回に持ち越されない。大喜利メンバーが代理司会を務めた際には、自身の定席に座布団を与えることがあった。, 座布団を与えるか没収するかは基本的に司会者の裁量であり、これをめぐるメンバーと司会者の絶妙なやりとりが展開される。他にも司会者罵倒ネタに対して仇を討った答えも座布団獲得の対象になる[14]。また、メンバーのスキャンダルが原因で座布団が没収された例もある(昇太司会時代)[15]。座布団運び(山田)に関する答えが出た場合、座布団運びは司会者の指図を待たずに当該メンバーの座布団を没収したり、与えることがある(五代目圓楽司会時代より)[16]。, 座布団の枚数が10枚に近づいた場合は大抵司会者が過剰に座布団を没収したり、良い答えでも座布団を与えなかったり没収したりするため、実際は年に1回〜3回程度、場合によっては1年以上座布団10枚が達成しないこともある。, 前田司会時代には「大喜利ナンバーワン」と称し、後述の通り前田が中央に座り、二組に分けて前田の左右に座り、座布団5枚を奪い合うルールとなっていた。また、大喜利メンバーが6人になってからは通常版とコスチューム大喜利の2本立てで行っていた。, 大きさは60cm × 72cm。中は木綿。カバーにはちりめんが使われており、高級感もある。1枚当たりの製作費は公開していないが「とても高価」。重さは1枚2.3キロある。10枚重なった時でもバランスが保てるように厚みを追求している[17]。, 放送開始時当時は座布団の色は水色で、1年ほどでピンク色に変わり、三波の司会就任後の1973年頃に現在の紫色に変わっている[18]。この他、司会者用に紺色の無地の座布団、座布団運び専用の赤い座布団(メンバー用の色違いで、最初の挨拶の時のみ使用する)が使われている。, 座布団の一般販売は行われてない。番組側は出演者全員が10枚獲得する事態を考えて60枚用意している[19]。しかし、1991年(平成3年)12月29日の放送で全員が10枚獲得した際には歌丸と小遊三が11枚だったため座布団が足りなくなり、代わりに司会者(当時は5代目圓楽)専用の紺色の座布団や、座布団運び(山田)専用の赤い座布団を急遽メンバーに渡すという珍事があった。賞品は「好きなだけ岩清水を飲める」というもので、1992年(平成4年)5月10日放送の慰安旅行にて贈呈された。, 役目を終えた座布団は大喜利メンバーの元に引き取られているが、過去には視聴者にプレゼントされたり、1973年(昭和48年)8月の日本テレビ開局20周年記念イベントとして浅草寺で「笑点まつり」を開き、座布団を読経と奉焼で厳かに供養する「座布団供養」が行われた。, 座布団は数年に一度不定期で交換されており、2009年(平成21年)3月22日放送分から最新の座布団が使用されている。バランスの関係上座布団に座るのは難しく、座布団が多いと山田の補助を借りて座っている場合がある[20]。, 地方収録では万が一に備えて座布団60枚をトラックで運ばなければならないため、移動の際に最も嵩張る荷物は座布団だと言われている[21]。, 1966年(昭和41年)5月15日放送の第1回目では「この世に女がいなければどうなるか」という問題が出された。後に2001年(平成13年)5月20日放送の35周年記念大喜利でも、同じ問題が出題されている。, 1問目、2問目は最近の時事問題や芸能人の話題をネタにしたものが多いが、「新しい漢字を作る問題」・「都々逸シリーズ」・「あったら嫌な/誰だったらどんなシリーズ」が出ることもある。ご当地での収録では土地柄にちなんだ問題が必ず用意される。, 3問目は後楽園ホール収録分では被り物を使うものが多く、地方収録では「笑点お笑い窃盗団○○編」「笑点お笑いタクシードライバー○○編」などが出される。歌丸時代の末期(2016年1月から5月)には、スペシャルゲストが登場する事が多かった。, 寿大喜利では毎年「干支大喜利」と称し、3問目に司会者とメンバーがその年の干支の動物の着ぐるみを着て、その干支に関する問題が出される。, 問題では「例の物」として小道具が用いられることがある。「例の物」として一番多いのは「フリップ」で、折り込み句(ご当地名等を平仮名にし、一文字ずつ文の最初に置いて川柳や都々逸調に詠む)シリーズや穴埋め問題などでも登場する。中には「被り物(多くがかつら・王冠・帽子・着ぐるみの頭の部分など)」が出てくることがある。被り物ネタでは司会者が被り物を被った姿がクローズアップされるのがお約束である。その他の定番としてはチャイム(デパートなどでの呼び出し。鉄琴風のタイプ)やコップ・帽子・手拭い・鍋・マイク・拡声機・携帯電話・ハンドルなど。時には1問目から3問目まで、その日の問題全てに道具を使った問題が出されるケースもある。, スタッフが容易に識別できるよう、笑点メンバーは衣装の色によりラベリングされている。談志時代の頃から導入されていたが、その当時カラーテレビの普及率が低かったため1968年(昭和43年)〜1969年(昭和44年)の冬場の数ヶ月のみの着用だった。談志の降板後は落語家ではない司会者の前田のみほぼ毎週着用していたが、1970年(昭和45年)秋口頃からはメンバーも毎週着用するようになり、司会が三波に代わった後でほぼ現在の形に定着した。, カラフルな色紋付を着るようになったのは、カラー放送用の映像の色調整をするためだったと言われる。そのため各人は深く考えずに適当な色紋付を選んだが、これが番組本編内で定着してしまい現在に至った[22]。, 例年8月の放送(24時間テレビを除く)では、メンバー全員が同じ「笑点」の柄の入った浴衣もしくは白色の麻の着物で登場する。, 現在、色紋付は銀鼠・水色・桃色・黄色・丁子色・薄紫・橙色・朱色の8種類である[23]。, 『金曜夜席』放送開始時から現在までの席順の一覧表を紹介する(1965年から2006年までの圓楽は5代目圓楽、2010年以降の円楽は「楽太郎」から襲名した6代目円楽)。また、ここでは歴代のメンバー落語家の配色も並べる。斜体文字は代理出演、括弧付きはリモートでの出演。, 笑点ではメンバー交代があると席替えが行われるが、メンバー自身の希望やスタッフの判断により席替えをすることもある。最近では、2016年(平成28年)5月29日より昇太が大喜利メンバーから司会者に昇格、三平が加入のようにメンバーの入れ替えがあっても席替えが行われず前のメンバーが座っていた場所に新メンバーがそのまま入るケースが続いている。席替えは、1992年(平成4年)4月に好楽と小遊三の位置が入れ替わったのを最後に行われていない。, 大喜利メンバーが代理司会を務める場合は、以前は代理司会者の定位置を詰めて行っていたが、2014年5月以降は定位置を空席にした状態(前回まで獲得した座布団のみが積まれている状態)で行われている。, 前身番組の『金曜夜席』から「座布団10枚の豪華賞品プレゼント」は企画されていたが、実際に獲得して賞品を出したのは「笑点」に改題されてからである。基本的に賞品の発表は達成時に行われ、それまでは賞品を示唆するキーワードのみが発表される。, 最初の賞品は「香港に行って餃子が食べられる」で、歌丸と小痴楽が獲得。当時の番組に香港へ行く予算はなかったが、事情を聞いたとある船会社から香港までの2名分の船チケットの提供があり、実際に10日間の船旅に行っている。旅の様子は写真のみで、獲得した翌回の大喜利の冒頭(1967年6月4日放送)で紹介された。, 番組初期の賞品に関するデータはほとんど残っていない。これは、当時は司会者の思いつきで賞品を決めてその場で渡したり、ロケでも上記のように写真しか残していなかった事情による。, 賞品が『旅行』などのロケの場合は翌回の演芸の時間帯にその様子が放送され、賞品を獲得していない他のメンバーも同行したり乱入するケースが多い。, ()内は10枚達成の放送日ではなく、獲得賞品の放送日である。ただし、10枚達成直後に贈られたものや、10枚達成のロケーションを行っていないものは、10枚達成をした放送日である。, 10枚達成ではないが、スペシャルなどで最も座布団を獲得したメンバーに賞品が贈られることがある。, 『BS笑点』と『笑点Jr.』の大喜利は、基本的なルールは本家の大喜利と同様である。, 番組で使われる座布団の大きさが本家のものより一回り小さい(笑点グッズの一つとして販売されている座布団カバーと同じ位の大きさ)。また、用意された座布団も少ない[66]。, 独自のルールとして、獲得した座布団の枚数が一番少ないメンバーは次回の大喜利に出演できない(メンバー入れ替え制)。また、それぞれ獲得した座布団は毎回1枚にリセットされる。座布団0枚の状態で座布団剥奪に相当する答えを出すと、1歩あとずさりさせられる(2005年(平成17年)12月頃から追加)。座布団0枚のメンバーが複数名いる場合は座り位置が最も奥に引っ込んだメンバーが入れ替えの対象となる。, 地方収録では特別ルールとして、地方収録2回目時点で座布団枚数が一番多かったメンバーには「豪華賞品」が贈られ、そのメンバーは次回お休みとなる(事実上出演権を剥奪される訳ではない)。, 『BS笑点』・『笑点Jr.』の大喜利の中で最も多かった席順のみ紹介する(笑点Jr.に於ける木久蔵は2代目木久蔵)。またここでのメンバー落語家の配色は放送終了時点のものとする。, 但し、第2384回(2013年10月13日放送)など、歌丸時代は何度かこれが省略された回が存在し、後述の対抗戦など特殊な形式の場合も行われない。, 特別編成では2問や1問のみの場合がある。過去のスペシャルでは、4問出題された事もあった。, 稀に噛んでしまったり、自身の回答が滑ったことを察した回答者が、自ら座布団を返上するケースもある。, 2020年10月18日放送分は舞台上にアクリル板が多数設置されていた関係上、行われなかった。, 主に大喜利メンバーへの上手い返答時、観客の反応を見たり他の出演者が判断して与えることがあるが、司会者が自ら座布団を持ってくるように指示するケースもある。また特殊な例として、昇太が2問目で番組を終わろうとするミスを犯した際にたい平に司会者専用の紺色の座布団を没収されたことがあり、その後はメンバーから与えられた回答者用の紫色の座布団に座っていた。, 定位置にはそれまでに獲得していた座布団が積まれていた(この間も他のメンバーの回答によって、枚数が増減する場合がある)。, 当時たい平はこん平の代理として出演していたため、本人は「師匠を差し置いて司会をすることはできない」という理由で辞退している。, 冒頭の挨拶と演芸の紹介は、いずれも昇太とたい平の2人が担当(5月11日放送分は挨拶なし)。, 前回の2015年1月18日放送分で円楽の歌丸罵倒ネタにメンバー全員が巻き込まれたため、全員の座布団が全没収で終了。そのため、見た目上は山田用の赤い座布団のみが置いてある状態でスタートした。, 冒頭の挨拶と演芸の紹介は、演芸の放送日の変更などがあった影響もあって2週とも行われず、オープニング終了後すぐに演芸が開始された。, 冒頭の挨拶と演芸の紹介は、その放送分の代理司会者が担当(2015年7月19日分は木久扇が担当。2015年7月12日・7月26日・8月2日放送分は挨拶なし)。, 2015年7月19日放送分で代理司会を務めた6代目円楽が、自身を除いた全員の座布団を全部没収したため、9枚ある円楽の席の座布団と山田の赤い座布団が置かれた状態で開始。, 山田に関しては舞台上の面積の関係から最初の挨拶の時は座布団に座らず、たい平の後ろに立っていた。, 定位置には座布団が1枚置かれ、2問目はスペシャルゲストの佐々木がこの席で回答者として参加し2枚獲得したため、最終的に3枚となった。, 単なる蛇口ではなく、トロフィーを模して台座が付いた物になっている。また、後に「リモート大喜利」にて自宅の物を使ったお題が出された際に、円楽はこの蛇口を使用した。, 林家たい平の著書「笑点絵日記」に『BS笑点の座布団はトータル20枚程度しか用意されていない』という記述がある。, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=大喜利_(笑点)&oldid=80351905, 2015年8月23日の『チャリティー大喜利』及び同年9月13日放送分より、歌丸が復帰。, 2019年8月25日の『チャリティー大喜利』及び同年10月6日放送分より、6代目円楽が復帰。, ★司会者 ◆座布団運び ▲コーナーレギュラー ■金曜夜席から継続出演 ◎本家&BS笑点・笑点Jr.両方出演, 両隣のメンバー(一番端の場合は、隣の2人)とお詫びをした後、司会者もしくは謝罪されたメンバーが「それだけじゃないだろ!」と言った後に答えを返す。, このお題では、回答した人が両隣のメンバーに罪を被せることがあり、その場合は罪を被ったメンバーが問答無用で没収となるケースが多い。, 相手のメンバーを1人指名して行う。指名された相手は即興で返しを考えなければならないため難度の高い問題だが、後から指名された方に座布団が与えられるケースが多い。, メンバーが「○○なのは□□」と言い、司会者が「もっと○○なのは?」と聞いた後、もっと○○なものを答える。, 司会者はどんな場合でも「イエス」としか答えない(回答によっては、例外あり)。クイズの正解を言った後、答えを返す。, 窃盗団の子分に扮したメンバーが親分に扮した司会者に「○○を盗んでめえりやした」と報告、親分が「でかした」と言った後に答えを返す。地方収録の2週目3問目で行われることもある。, 地方収録の2週目3問目で行われることがほとんど。タクシードライバーに扮したメンバーが収録地の名所を案内し、観光客役の司会者が「ほんと?」と感心した後に答えを返す。, 地方収録の1問目で行われる。ヒントを言った後、司会者が言う言葉に続けて回答する。但し最後に「ん」がついた場合は、答えの内容に問わず座布団没収となる。, 主に年内最後の放送で行われる。その年の主な出来事をメンバーが言い、「でも…!」の後に, 歌丸が「海の幸三昧」を獲得。しかし、実際は食べ放題ではなく自分で海に潜って獲るものだった。そこでは, 九蔵が「最後の楽園騒動記」を獲得。(1980年6月1日放送 九蔵、初の座布団10枚獲得), 歌丸が「家一軒」を獲得。しかし、犬小屋だった。(1983年1月16日放送 特典自体は三波時代に発表されていた), こん平が「花の雲 鐘は上野か 浅草か(松尾芭蕉の句)」を獲得。(2002年3月31日放送), 小遊三が「夏草や 兵どもが 夢のあと(松尾芭蕉の句)」を獲得。(2002年8月25日放送), こん平が「旅は道連れ 世は情け」を獲得。(2003年8月31日放送 こん平、降板前最後の10枚獲得), 楽太郎が「古池や 蛙飛び込む 水の音(松尾芭蕉の句)」を獲得。(2004年4月25日放送), 小遊三が「日本テレビ開局60周年に因んだものすごい賞品」を獲得。(2013年12月1日放送), たい平が「笑点50年にふさわしいものすごい賞品」を獲得。(2015年5月24日・5月31日放送), 昇太が「笑点50年にふさわしい超ものすごい賞品」を獲得。(2016年5月8日放送、昇太、大喜利回答者として最後の座布団10枚獲得), 好楽が「新時代の笑点にふさわしい賞品」を獲得。(2017年3月19日放送で獲得、3月26日放送), 6代目円楽が「2018年Shotan(昇太)カレンダー」を獲得。(2017年11月5日放送、, 楽太郎が「ハワイの美女とキスができる権利」を獲得。今回は本物の美女だった。(1980年10月12日 ハワイ大喜利), たい平が「大喜利の司会を出来る権利」を獲得。しかし、出来るのはその回の締めの挨拶だけだった。(2018年5月13日, 6代目円楽・好楽・小遊三(三遊亭チーム)が「木久蔵ラーメン」を獲得。敗北した林家チームにも「円楽腹黒ラーメン」が特別に与えられた。(2018年12月23日), 6代目円楽が、「高級バナナ」を獲得。しかし、たい平が1本つまみ食いした上に、勝手にメンバー全員に1本ずつ分配してしまった。(2016年1月1日 新春スペシャル), 好楽・木久扇が、「骨型のクッション」を獲得。(2018年1月1日 新春スペシャル), 彦いちが10枚達成にはならなかったものの、座布団が最多の7枚獲得・トップ賞ということでBS・110度.

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