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80年代に入ると、日本には空前のバイクブームが訪れる。若者はバイクに乗るのが当たり前。ロードレース人気は頂点を極め、真夏のバイクの祭典「鈴鹿8時間耐久ロードレース」には、15万人もの観客が詰 … 支援者を募るクラウドファンディングも実施, 2014〜18年式のYZF-R25にも対応! サイン・ハウスより「LED RIBBON REVO H7 type2」が発売. とは言え当時、原付禁止の高校がほとんどで、実際に乗れるようになるのは高校卒業後でした。しかし、中には(自分を含め)こっそり免許を取るやからもいました。 昭和の歴史は、バイクの歴史と言っても過言ではありません。日本のバイク産業は、昭和の初期に始まっていました。しかし、第2次世界大戦で、日本の国土一面焼け野原になってしまいます。戦後の復興の為の道具として、各地でクルマやバイクの開発・生産が始まりました。 やがて地方に引っ越したためバイクの出番はなくなりましたが、もったいないのでしばらくシートをかけて保管していました。 背景には原付バイクが売れなくなったことと、排ガス規制の影響のよう。 Copyright © 2010 BDS COMPANY. 野良犬の初代ビーグル・ももでした。, ももをわたしたちに引き合わせたリード90は大きな役目?を終え、売られていくことになりました-ドナドナ。 モーターズは、クルマ・バイク・モータースポーツ好きを応援する、モーターライフ情報メディアです。, 戦後復興期の日本では、オートバイ産業をビジネスチャンスと見た多くの企業がオートバイ業界に参入しました。, 1950年代には大小合わせて約150のメーカーが存在し、吸収合併や倒産を経て現在では4社、いわゆる4大メーカーだけが生き残っています。, 姿を消したオートバイのなかには陸王、メグロ、トーハツなど往年の名車も含まれていました。, 出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%82%B5%E3%82%AD%E3%83%BBW#/media/File:1967_Kawasaki_W1SS.jpg, 第二次世界大戦前から活動していたメグロは、1963年に川崎重工の傘下に収まりました。, W1はメグロK(スタミナ)のエンジンを、650ccにボアアップして搭載しています。, もともとメグロはトライアンフ(イギリスのオートバイ)の部品を制作していたので、650ccバーチカルツインエンジンのノウハウは有していました。, また、初期のW1はメグロ時代の名残で右足シフト・左足ブレーキでしたが、1971年からは北米規制に従い左足シフト・右足ブレーキに変更されています。, 当時、650ccは国内最大排気量にあたりビッグバイクとして人気を博しますが、1974年に生産を終えることになります。, 出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%8F%E3%83%BBDT#/media/File:Yamaha_DT-1_250.jpg, トレールの先駆者であるヤマハDT-1、開発のきっかけはコロラド州デンバーを担当する現地セールスマンからの情報でした。, それは「デンバーではロードスポーツモデルは売れていないのに、公道だけでなく草原や山を自由に走り回るタイプのモデルが人気を集めている。ヤマハでもつくってみたらどうだろうか」というもので、早速開発に乗り出しました。, ベースとなったのがモトクロッサーのYX26、2サイクル2気筒エンジンから単気筒エンジンを搭載したファクトリーマシンでした。, そんなDT-1は日米で爆発的なヒットとなり、その年のグッドデザイン賞も受賞しています。, また余談ではありますが、初期型のDT-1は市販車であるにもかかわらず、ウインカーが装備されていませんでした。, 出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0CB750FOUR#/media/File:Honda_CB750four_blue.jpg, CB750FOURは日本の量産バイクにおいて何かと「初代」なオートバイ的存在で、その主なポイントが以下の通りです。, ・排気量750cc  しかし、すでに生産終了。中古も予算3万円の枠内に収まらず断念。, 軽量スリム(30Kg台)が売りでした。 バイト先で乗ったのは、ホンダ・スーパーカブとヤマハ・メイト、スズキ・ハイ。 90年代に入ると、結婚など生活の変化に伴い移動の足は自動車に移行し、原付バイクはその役目を終えていきました。 その中最後まで残ったのは、妻のホンダ・ リード90 。 (画像は、リード50) 中型二輪免許を持つ妻専用バイクでした。 いつも探す側だったなっちゃん。 このリード90の下に居ついて離れなかったのが、 ※本記事は別冊Motorcyclist2008年1月号に掲載されていたものを再編集しています。, レプリカブーム後編のトップバッターは’85年11月発売のTZR250である。 RZ系とは異なる新設計パラツインを採用し、またプレス成型のアルミデルタボックスフレームも’86年型TZ譲りであり、レーサーとの並行開発を意味していた。 さらにクイックすぎた16インチから脱却、前輪17インチの採用もTZRのハンドリング向上に寄与し、以降はこれが常識となった。 TZRは速く乗りやすく軽量スリムコンパクトでスタイルもレーサーそのもの、それまでの2サイクル=ピーキーで扱いにくいという概念まで払拭(ふっしょく)するほどの完成度で売れに売れた。, だがホンダも黙っておらず、VツインのNSを進化させたNSR250Rを’86年10月に発売。 サーキット走行を前提とする割り切ったコンセプトによる絶対性能差でTZRを圧倒したのである。 NSRはTZRよりも市販レーサーに近く、もはやレーサーレプリカはレーサーそのものになりつつあった。, そして’88年、NSRはMC16型からMC18型へのフルモデルチェンジで飛躍的に進化を遂げ、スズキも満を持してRGV250Γを投入。 カワサキKR-1も含めて前輪17インチ+ボックス構造アルミフレーム車がそろい踏みとなったのである。 しかしその一方で、加熱するレプリカブームを懸念する動きも現れていた。 ローリング族や若年層のバイク事故死が社会問題となり、メーカーもアンチレプリカコンセプトのニューモデルを打ち出す……。, 平成元年である’89年。 この年から2輪車に180㎞/h速度リミッターが義務づけとなり、業界全体がヘッドライトの昼間点灯を呼びかけ、過激マシンの最右翼だったNSRも意図的にピークパワーが削られていた。 依然としてレプリカ人気は高かったものの、峠はすでに越えていたように記憶する。, またこの年、ゼファーの大ヒットによりネイキッドカテゴリーに属するモデルが台頭。 ’90年代に入るとレプリカブームは静かに衰退していったのである。     (髙野英治), ボックス構造のアルミフレームに前後17インチホイールを備え、速さと乗りやすさを両立させたレプリカブームにおける珠玉の名作。 軽量コンパクトで、2ストながら女性ライダーの人気も集めた。 歴代TZRではベストバランスとする声も少なくない。, 1986年4月25日発売 エンジン:水冷2サイクルV型2気筒 車重:142kg 最高出力:45ps/9,500rpm 最大トルク:3.5kgm/9,000rpm 当時価格:54万9000円, 目の字断面構造のアルミツインチューブフレームに水冷Vツインを搭載、前作NSに続いてRS250Rと基本設計を共有する手法を採用したNSRの初期型。 乗りやすさよりサーキット走行に主眼を置き、割り切ったコンセプトで実力ナンバーワンの座に駆け上がった。, 1986年10月1日発売 エンジン:水冷2サイクルV型2気筒 車重:127kg 最高出力:45ps/9,500rpm 最大トルク:3.8kgm/8,000rpm 当時価格:57万9000円, WGP500レプリカではないがTT-F1のリアルレプリカと言え、激化する当時のブームを象徴し、頂点に立つ1台。 アルミタンクにチタンコンロッド、FRP外装などの豪華アイテムをふんだんに採用し、クオリティの高さでは市販車の域を完全に超えていた。 148万円は市販車としては高額だが内容を考えれば破格のバーゲンプライスと言え、国内1000台限定は即完売となった。 これ以降「レプリカにやりすぎはない」と思わせたモデルだ。, 1987年8月31日発売 エンジン:水冷4サイクルDOHC V型4気筒 車重:201kg 最高出力:77ps/9,500rpm 最大トルク:7.1kgm/7,000rpm 当時価格:148万円, 前年にフルチェンジされたTZにならい、後方排気パラツインを搭載した第2世代TZRの型式名は3MA。 車体は高剛性追求の結果先代型より10㎏増量。 過渡特性はナーバスで、わずか2シーズンでVツインの新型にバトンタッチ。 ’90年型は倒立フォークを採用。, 1989年2月25日発売 エンジン:水冷2サイクル2気筒 車重:136kg(乾燥) 最高出力:45ps/9,500rpm 最大トルク:3.8kgm/8,000rpm 当時価格:61万9000円, ’88年型の改良版で、型式名は同じMC18型。 出力特性が大きく変更されスラントしたカウルやアップサイレンサーを採用、アルミスイングアームにもフレーム同様の五角断面形状が与えられていた。 写真は乾式クラッチとマグホイールを備えたSP仕様。, 1989年2月10日発売 エンジン:水冷2サイクル2気筒 車重:131kg(乾燥) 最高出力:45ps/9,500rpm 最大トルク:3.8kgm/8,000rpm 当時価格:59万9000円, ’90年型はMC21型となり、エンジン・車体ともフルチェンジ。 チャンバー形状を優先させた湾曲スイングアームが特徴で、リヤホイールも17インチ化された。 パワーとハンドリングのバランスは歴代ナンバーワンとの呼び声も高い。 SP・SE仕様も設定された。, 1990年2月13日発売 エンジン:水冷2サイクル V型2気筒 車重:132kg(乾燥) 最高出力:45ps/9,500rpm 最大トルク:3.7kgm/8,000rpm 当時価格:60万9000円, 初代のVJ21A型からVJ22A型となり、倒立フォークや右2本出しサイレンサーと湾曲スイングアームを備え、外装の形状も一新された。 SP仕様は乾式クラッチと前後調整式サスを備え、クロスミッションも採用。 ギヤレシオのみSTDと共通としたSP2もあった。, 1990年1月31日発売 エンジン:水冷2サイクル V型2気筒 車重:139kg(乾燥) 最高出力:45ps/9,500rpm 最大トルク:3.9kgm/8,000rpm 当時価格:60万9000円, 後方排気パラツインの3MAから新たにV型2気筒に転換、3XV型となった。 倒立フォークに湾曲スイングアームを備え、乾燥重量は初代と同じ126㎏に戻った。 SP仕様や中間グレードのRSも設定され、最終型は’95年型SPRに一本化、’99年まで販売された。, 1991年3月1日発売 エンジン:水冷2サイクル V型2気筒 車重:126kg(乾燥) 最高出力:45ps/9,500rpm 最大トルク:3.8kgm/8,000rpm 当時価格:62万9000円, ’93年11月に発売、自主規制により45→40psにパワーダウンするがPGMメモリーカードキーやプロアーム、新設計外装などで商品力を向上させたMC28型。 主力は中間グレードのSEで’99年まで販売されたが、マグホイールや調整式サスを備えたSPもあった。写真はSP仕様。, 1993年11月10日発売 エンジン:水冷2サイクル V型2気筒 車重:134kg(乾燥) 最高出力:40ps/9,000rpm 最大トルク:3.3kgm/8,500rpm 当時価格:68万円, VJ23A型。 ’95〜96年の全日本GP250タイトルを獲得した故沼田憲保選手が駆ったワークスXR95のレプリカで、エンジンは従来型と異なる水冷70度Vツイン。 SP仕様のみの設定ながらセルモーターを標準装備、最後発マシンだけに高い完成度を誇った。, 1996年2月29日発売 エンジン:水冷2サイクル V型2気筒 車重:134kg(乾燥) 最高出力:40ps/9,500rpm 最大トルク:3.5kgm/8,000rpm 当時価格:77万7000円, ’80年代に2スト250㏄とならんで白熱したのが4スト400㏄レプリカで、F3レースなどでは2ストより有利な面も少なくなかった。 CBR400RRは前作のCBR400Rをベースにエアロフォルムから一転、レプリカらしさを打ち出して人気を得た。 ’89年発売のZXR400はツアラー的フォルムだったZX-4の改良版と言え、初めて倒立フォークを採用したモデル。 ほかにVFR、FZR、GSX-Rを交え4メーカー5ブランドがシノギを削っていた。, ’88 HONDA CBR400RR 1988年11月19日発売 エンジン:水冷4サイクル DOHC4気筒 車重:164kg(乾燥) 最高出力:59ps/12,500rpm 最大トルク:4kgm/10,000rpm 当時価格:69万9000円, ’89 KAWASAKI ZXR400 1989年3月1日発売 エンジン:水冷4サイクル DOHC4気筒 車重:162kg(乾燥) 最高出力:59ps/12,000rpm 最大トルク:4kgm/10,000rpm 当時価格:73万9000円, ※掲載しているデータは、運輸省(現国土交通省)に新型自動車として届出がされた資料を基に、2輪車製造メーカー資料、自動車工業界資料、当社出版物などに記載された資料に基づいて制作したものです。また、各車の主要諸元で不明なもの、メーカー未発表データについては割愛しています。, 1951年創刊のモーターサイクル専門誌。新車情報はもちろん、全国のツーリングライダーへ向けた旬な情報をお届けしています!, 【’80sバイク熱狂時代】進化が止まらなかった、’80〜90年代2サイクルマシン変遷史(前編), 【愉悦のaround 50ps】峠小僧が憧れたバイクに乗ってみた(NSR250R編), 【’80sバイク熱狂時代】進化が止まらなかった、’80〜90年代2サイクルマシン変遷史(後編), CBRのデザイン&世界観に合わせたアパレル展示&YouTube動画が公開中「CBRデザインフェスタAoyama collection」, 岩城滉一さん出演のバイクカスタム番組、制作費のクラウドファンディングを本日より開始, 北軽井沢にライダーの基地「kitakaruBASE」が誕生!! スズキ・ランディーは、 16歳から取得可能な原付免許。 ・最高時速200㎞, しかし皮肉なことに、国内オートバイの排気量の上限に自主規制をもたらしたオートバイでもあるのです。, ホンダが当時CB450の次期モデルを模索しているところに、トライアンフが750㏄クラスの開発をしているとの情報をキャッチします。, また、時を同じくして本田宗一郎がスイスへ行った際、警察官が乗っていた白バイが小さな事に驚いたそうです。, 実際は、乗っていた警察官が大柄だったため白バイが小さく見えたそうですが、「これじゃ日本の感覚でオートバイを作っていたんじゃダメだわいなあ!」と思った宗一郎がホンダのエンジニアたちにハッパをかけ、CB750FOURの形となったそうです。, 1967年東京生まれ。16歳でオートバイに魅了され現在では二輪・四輪の二刀流、ツーリングからサーキットまで楽しんでいます。「楽しさと危険は表裏一体」を意識して常に安全第一。走ることの楽しさ「Fun to Run」を少しでも感じていただければ幸いです。, サイトでは見られない編集部裏話や、月に一度のメルマガ限定豪華プレゼントももらえるかも!?, [PR] 欲しいパーツがきっとある!日本最大級のカスタムパーツ通販サイトはこちらから!. ・4気筒エンジン  80年代前半、スピードの出過ぎが問題となり、原付の最高速度が60Kmに制限されましたが、規制前のダックスやジョグは、メーター80Kmを振り切りました。, 出足の速い2ストエンジンが好まれるなか、モンキー(4スト)は別格。 選択の余地はなく、スリムデザインでカッコいい、と自分に言い聞かせて購入。 その中最後まで残ったのは、妻のホンダ・リード90。, 中型二輪免許を持つ妻専用バイクでした。 しかし、この出会いがももとの10年だけでなく、二代目ビーグル・夏子の14年へとつながっていきます。 史上空前といわれた、1980年代のバイクブーム。ピークの1983年には328万5000台の販売台数を記録したほど売れに売れたバイクであったが、ここで疑問に思うのが「いったい昭和の時代にはどのバイクが一番売れていたのか?」ということ。 90年代に入ると、結婚など生活の変化に伴い移動の足は自動車に移行し、原付バイクはその役目を終えていきました。 初代モンキーは1967年に誕生しましたから、50年の長き歴史に幕を閉じることになります。 世界中で人気を誇る日本のオートバイ。高品質、高性能を謳いスクーターからスーパースポーツ、50ccから1000cc以上という豊富なラインナップも人気の秘訣となっています。最初は海外のオートバイを模倣することから始まり、今日まで多くのメーカーが乱立、そして淘汰されてきました。 ※車名は複数選択が可能です。メーカー選択に戻るをクリックすることで、別のメーカーの車名を選択することができます。, ※このメーカー全てのバイクを検索設定をに加えたい場合は、「バイク全て」にチェックを入れてください。, 1980年代にはパワーとハイテクの競争が繰り返されたが、1990年代に入ると「速い」「高性能」だけでは生き残ることができず、「扱いやすさ」を求められるようになってきた。, そういった中でハイパフォーマンスのCBR1100XX、VTR1000Fを代表とするスーパースポーツ、そしてNSR250RやCRM250Rを代表とするレーサーレプリカ、そして扱いやすさを重視したホーネット、CB400SFのようなネイキッド、スティード、シャドウを代表とするアメリカンと、各カテゴリの中でホンダは「扱いやすい高性能」を実現している。, さらに環境への配慮も忘れず、次世代の2ストロークエンジン「AR燃焼エンジン」を搭載したCRM250ARを登場させるなど、4ストローク化が進みそうな中で、2ストロークを存続させる動きも見られた。. スポンサーリンク 自分としては値段的にも手が出なかった。しかし、コンパクトなボディーにメカニックなデザイン、パーツが豊富でカスタムしやすいことから、いじっても走っても楽しいバイク。半世紀にわたり愛され続けたのもうなずけます。 ただ、フロントデザインはヤマハならではで、泥除けと本体が一体化しており鳥の口ばしみたい。デザインはともかく、ハンドルを切っても先が曲がらないので慣れるまで少し違和感がありました。 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 70年代から製造されていたファミリーバイク、 ・4本マフラー  主婦層に根強い人気がありました。(自分の母は、ランディーにのっていた), ファミリーバイク御三家については、 しかし、乗ってみると飽きの来ないデザインで軽快に走るお気に入りの一台になりました。, 人気がないのか安い中古がありました。特徴的なボディーカラーとリアデザインが好きだったのでラッキーでした。 空前絶後のバイクブームにより市場が活性化し、年ごとのモデルチェンジや性能競争に沸いた80年代。その過熱ぶりにユーザーの間で「そこまでの性能はなくても……」という空気が生まれはじめたこともあり、アップライトな姿勢で気軽に乗れるカウルレス車、いわゆる「ネイキッド」と呼ばれる二輪車が80年代後半から登場した。, 左から、この年外装を一新したFZR250R、前年登場のZXR250、コブラ、バンディット250、ZZR250。当時4気筒の250ネイキッドはまだ上の2機種のみだった(1990年)。, 様々なモデルが登場する中、決定版となったのは1989年に登場した、空冷エンジンにリヤ2本サスを装備する400ccのカワサキ・ゼファーだったが、250ccクラスにおいても4スト2スト、気筒数に捕らわれないモデルが多数登場。その中でも90年代半ば以降、排出ガスや騒音規制により次々と姿を消していくレーサーレプリカに代わる形で支持を集め始めたのが4気筒のネイキッドである。, 1996年に登場した、ホンダの4気筒ネイキッド第2世代となるホーネットと、そのライバルとなるバリオス、1995年にフルモデルチェンジを受けたバンディット250Vとの比較試乗(1996年)。, その大半がレプリカ用エンジンを低中速域で扱いやすい設定にしてスチールフレームに搭載したものだが、元々粘り強い特性でエンストもしにくく、全開にせずともそこそこ走るために女性向けとしても人気を博した。 アップライトな乗車姿勢と扱いやすさが向上したエンジンは、窮屈な姿勢に高回転まで回してパワーを絞り出すレプリカマシンよりも好適な組み合わせと思えるものだった。, 1996年型バリオスのメーター。最高出力は1993年に40馬力となっているが、レッドゾーンは1万9000回転からとZXR250と変わらず。バリオス2では1万7000回転からとなった(1996年)。, それらの中でも90年代中盤に登場したホーネットとバリオス2は2007年型をもって終了するまで、長くこのクラスの定番機種として愛され続けた。 近年になってその独特のフィーリングが再び注目を浴び、若者からベテランに至る幅広い層から熱い支持を受けているカテゴリーなのである。 当記事ではその中から、代表的な80年〜90年代の250ccネイキッドマシンを紹介していこう。, 1991年に登場。カムギヤトレーンを採用するCBR250RRと同型のエンジンをベースに、キャブ変更などで中低速向けに設定しスチール製ダブルクレードルフレームに搭載したジェイド。最高出力は最初から40馬力となっていた。 1992年にはメッキ仕様のメーターケースを採用し、ボディカラーもツートーンとなったジェイド/Sが設定されるなどしたが、1993年に生産終了となった。 その名称は現在、四輪車のホンダ・ジェイドに受け継がれている。, 88年12月発売。世界初のアルミ鋳造中空一体構造フルキャストフレーム「CASTEC」やシリーズ初のリヤディスクブレーキを採用した意欲作。 VTシリーズ最強といわれるほどポテンシャルは高く、ジムカーナで愛用する人も多かった。しかし市場の評価は今ひとつで、1991年には後継車のゼルビスにバトンタッチして消滅した。 タマ数は減少傾向であるが、相場は安定している。, ホーネットシリーズ最初のモデルでモノバックボーンフレームを採用。前130/70ZR16、後180/55ZR17のタイヤサイズは当時のCBR900RRと同寸で、クラスを超えた迫力あるデザインを実現していた。 一時は値段もこなれていたが昨今人気が再燃しており、中古相場は高値安定。程度のよいものは70万円を超えるプライスが付けられていることも。, FZR250R用前傾45度シリンダーエンジンをスチール製ダイヤモンドフレームに搭載。オーバードライブの6速や燃料タンク前方に設けられた小物入れなど使い勝手にも配慮。扱いやすさも特長のひとつだった。 1999年まで販売されたため販売期間は比較的長めであったがタマ数は少なく、公道で見かけることも少なくなってきている。, ヤマハ伝統の2スト並列2気筒系列最後のマシン。初代TZR250用エンジンをベースに低中速域を強化してスチールトラスフレームに搭載。1992年末に最高出力を40馬力に変更し、1999年まで販売された。 2ストマシンということもあり近年人気が再燃している車種のひとつ。程度のよいものは中古市場で90万円近い価格が付いているほか、インターネットオークションで激戦が繰り広げられることもしばしば。, GSX-R250R用のエンジンを鋼管ダイヤモンドフレームに搭載したイタリアンデザインが特徴。緑や赤などの車体色に加えアップハンドル仕様やロケットカウル装備のLTDなどバリエーションも多数存在した。 なお同車の名称も、現在四輪車のスズキ・ソリオバンディットに受け継がれている。, 1995年にフルモデルチェンジを受けたシリーズ2代目で、スイングアームのアルミ化などで軽量化したのがトピック。250Vはこの型から登場した派生モデルで、可変バルブタイミング機構を採用して低中速域におけるトルクアップと高回転域の伸びを両立させたVCエンジンを搭載していた。 そのほか、ビキニカウルを装着したバンディット250 VZも1997年に発売されている。 シリーズを通じて中古相場は比較的安定しているが、LTDなどの派生車種はタマ数が少ないので、探す場合は長期戦になる場合も。, 前年登場のウルフに続く、スズキのネイキッド第2弾。GSX-R250Rがベースのため、オーソドックスな鋼管フレームではなくアルミフレームを採用していた。タイヤは軽快感を重視してバイアスに変更されていたほか、ローギヤード化するなどして市街地での走りを強化していた。 ウルフともどもすでにレア車の部類に入っているモデルといえ、中古市場でもごくわずかしか流通していない。こちらも探す場合は長期戦を覚悟しよう。, ZXR250用をベースに吸排気系やクランクマスを変更したエンジンをスチール製ダブルクレードルフレームに搭載。エンジンは空冷風の冷却フィンが追加されスイングアームはアルミ製。93年型で自主規制に合わせ、最高出力を40馬力に変更している。, カワサキ・バリオス2(1997年/乾燥重量147kg・40馬力)※写真は左右非対象カラー, リヤサスを当時のネイキッドの基本装備である2本式に変更。シート下には新たに収納スペースが確保されて利便性を増している。2002年にはスズキにOEM供給されGSX250FXの名で販売された。 バリオス、バリオス2ともに人気車種だったのでタマ数は豊富。価格も10万円台から探せるものの、状態のよいものは70万円近い値段になっている。, report●高野栄一 まとめ●モーサイ編集部 ※本記事はモーターサイクリスト誌2020年2月号付録より抜粋・編集した記事です。, 夏場に対応! ペアスロープが「サマーメッシュマスク」の製造を開始、バイクウエアのメッシュ生地を活用, ディスプレイに後方視界を表示! 次世代型ヘルメット「クロスヘルメットX1」が国内クラウドファウンディングでスタート, 4気筒も2ストも選べる! チョイ古250ネイキッドバイクが人気再燃【80〜90年代 250cc国産マシンヒストリー】, 【バイク擬人化漫画】ニーゴーマン! 第13話:どこにでもいるよ! モトコンポ君【隔週連載】, CBRのデザイン&世界観に合わせたアパレル展示&YouTube動画が公開中「CBRデザインフェスタAoyama collection」, 岩城滉一さん出演のバイクカスタム番組、制作費のクラウドファンディングを本日より開始, 北軽井沢にライダーの基地「kitakaruBASE」が誕生!!

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